福田聡志、プロ野球界永久追放(永久失格)その後は?「黒い霧事件」の名称が「黒い霧」である理由

福田聡志 出典:http://nyaasokuvip.net/archives/12242

福田聡志選手が野球賭博に関与していた疑いがある、と巨人が公表して以来、プロ野球界の話題はこれで持ちきりですね。

巨人福田聡志が野球賭博行為に関与の疑い
http://www.nikkansports.com/baseball/news/1548730.html

さて、野球賭博となると絶対に出てくるのが1969年の「黒い霧事件」。
この八百長問題において、関係選手6人がプロ野球界を永久追放になっています。

福田聡志選手が単なる賭博ではなく、それに加え自ら八百長行為を行ったかどうか、が焦点になっているのは、八百長行為がある場合には処分が「永久追放(永久失格)」となるからなんですね。

永久失格となると、プロ野球選手としてはもちろん、プロ野球指導者・野球解説者・評論家といった野球に関する職にもつけなくなるので、野球一本で生きてきた選手にとって、今後の生活に大きく関わります。

さて、プロ野球界のトラウマ「黒い霧事件」における6人の選手は、追放後どうなったのでしょうか。
福田聡志選手も今後同じように?という疑問から、調べてみました。



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「黒い霧事件」概要

「黒い霧事件」は、一言で言えば八百長問題で、永易将之選手の八百長発覚から芋づる式に他の選手に対する八百長の疑いが発覚し、政治・社会問題にも発展しました。

ここでは、事件そのものの詳細よりも、黒い霧事件に関係しているものとして、プロ野球界を永久追放となった6人がその後どうなってのか、についてまとめたいと思います。


なぜ「黒い霧」というのか?

と、その前に、なぜ「黒い霧」という名称がついたのか、みなさんはご存知ですか?

これは、松本清張さんの著作「日本の黒い霧」からきており、背後に不正や犯罪が隠れていることを、誰が関与しているか分からないことから「黒い霧」にたとえ、現在でも汚職や不祥事の名称になっています。



「黒い霧」主犯・永易将之

主犯といえる永易将之選手は永久追放になった後、自分以外の八百長に関与した選手の名前をばらすぞ、と西鉄球団を脅迫、口止め料550万円を受け取りました。
ところが、これに対して、稲尾和久監督は球団に対して、球団の膿を全て出し切るよう、永易元選手との縁を切るよう直訴。
結果、今度はマスコミの情報料を目当てにして、関係選手名の大暴露大会となります。

このような脅迫と金目当ての暴露の末、永易元選手は賭博幇助罪で有罪となりました。
その後は転々としながらスナック・バーを経営していたとのことですが、2003年に死去しています。

その後は札幌でスナックを経営したり、東京や大阪、さらに再び北海道の滝川市でスナックを経営など転々とした。
家族の話によると、2003年4月頃病気のため死去した。
http://petapeta.tumblr.com/post/40580493215/永易-将之ながやす-まさゆき1942年1月1日



唯一復権した池永正明

「黒い霧事件」によって永久追放された6人の中で唯一復権しているのが池永正明元選手です。
八百長は否定していたものの、田中勉選手から金銭を受領し、保管をしていたことについて、厳しすぎる処分を受け永久追放となりました。

池永元選手は東中洲のバー「ドーベル」を経営し、訪れる現役時代のファンによって繁盛していました。


池永正明の復権運動

その後も、西鉄の先輩である稲尾和久や豊田泰光、同期入団の尾崎将司、親交のある小野ヤスシ、なべおさみ、大橋巨泉らが中心となり、処分取り消しを求める署名活動等の運動が幾たびにも渡って行われる。国会でも取り上げられるなど、広範囲に渡る支援が行なわれるようになる。2001年には読売巨人軍オーナー・渡邉恒雄も「機構はいつまで彼(池永)を永久追放にしてるんだ」と問題提起するなど、21世紀に入ると次第に「池永復権運動」が大きくなっていく。

https://ja.wikipedia.org/wiki/池永正明


やはり永久追放処分は厳しかったのではないか、ということもあり、復権運動が激化。
2005年に野球協約が改正され、同時に池永正明元選手に対する永久追放処分が解除されました。

これにより池永元選手はプロ野球指導者・野球解説者・評論家といった野球に関係する活動が可能になりました。
その後は、社会人野球チーム「山口きららマウントG」の監督への就任、マスターズリーグ福岡ドンタクズの第2代監督への就任が。
報道され、2011年には、TVQ九州放送『TVQスーパースタジアム』にゲスト出演、初めて解説を担当するなど、テレビにも出ました。



与田順欣・益田昭雄

球界を去った後は、どちらも福岡県でタクシー運転手に転身したと言われています。



小川健太郎

ギャンブル問題で永久失格処分を受け、二度とプロ野球のマウンドに戻ることはありませんでした。
しかし、黒い霧事件に基づくものではなく、関与の疑いはありましたが法廷で否定しています。

引退後はスナック経営を経て名古屋市内の不動産会社に勤務、のちに東京に移動し、没するまで都内の不動産会社に勤務。
晩年は頻繁にアマチュア野球の観戦に赴いていたというのが物悲しいですね。

1995年の10月8日に死去。61歳没。



森安敏明

1970年7月、黒い霧事件により永久追放されましたが、本人は一貫して無実を主張していました。

その後は演歌歌手(1972年レコード発売)としての活動を始めたのが驚き。
また、主犯である永易将之元選手の経営するスナックを手伝っていた時期もあるそうです。
10年ほどリッカーや自動車整備工場で働き、その後は大阪に移り、健康機器の営業やトラック運送会社に勤務していたそう。

そして働きながら、少年野球の指導にもあたっていたとのこと。

1998年7月29日、心不全(実際の死因は不明)のため死去。満50歳没。



永久追放を取り消されたのは6人中1人だけ

池永正明の永久追放解除を求める声

池永正明選手は、6人の中でも最も賭博に対して関与が薄かったと言われています。
それにも関わらず永久追放という厳しい処分となったのは、「エースである池永正明元選手ですらこれほど厳しく処するぞ!」という見せしめだったとしか思えません。

また、直接賭博に関与したわけでもなく、金銭を預かっていただけ、というのも復権に至ったポイントなのではないでしょうか。


直接的に関与した福田聡志は……

池永正明元選手のケースを考えると、今回のように自ら賭けを行っていた福田聡志選手について、寛大な処置を、というのは難しそうです。
あくまで「八百長はやっていない」ということになれば、処分の着地点は永久追放とまではならず、自主的に球界を去るという形にはなるのではないでしょうか。

結婚もしているのに

福田聡志-嫁-結婚 出典:http://topic.entertainment555-attention-column.com/7439.html

福田聡志選手はご結婚されており、永久追放され野球関係の仕事にはまったく就けないとなると家計に与える影響が大きそう。
何より、奥さんや子供(三人もいるそうです)にとっては周囲からの誹謗中傷が心配です。



違法賭博は許されるものではありませんが、永久追放された選手のほとんどがタクシー運転手や不動産会社など野球から離れた人生を送ることになり、また50歳や60歳など死ぬには若い年齢で亡くなっていることも考えると、真偽を見極めて適切な処分がされるよう祈っています。


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